桜美林大学ビッグヒストリー・プロジェクト

2018年度 学生のコメント

HUMAN EXISTENCE
IN THE COSMOS

2018.09.18 
第1回 イントロダクション

今まで「自分は日本人」という意識はあっても、「自分は地球人で…」という意識はした事がなかったので、新鮮というか、ゾッとしたというか、何か穴が空いたような気持ちになりました。私は天文学(自然理解)[の講義]を受けたばかりなので、色々考えてしまいます。それと同時に、現在日本史概論をとっていて、人類の進化を学んでいます。元々人間は同じ種からきていて、“地球の一部”であったのに、現在は“地球の一部”という感じが、私はまったく感じません。むしろ、地球と、自然と、そういうものから“人類”だけ孤立している気がします。「今」私は、働くために、社会に役立つために生きていますが、今日の授業を受けて「本来は何をすべきなのか」を考えてしまいました。日本という小さな場所だけで小さな視点だけで見て人生を終えていいのか、とも考えました。日本史概論の授業で、「最高の文明は200年と続かないだろう」という事を教えられました。今、私たちはその「最高の文明」をとんでもなくムダにしている気がします。15回の授業の中で「何をすべきか」という事の答えが1つでも出ればいいなと思います。(4年 Y)

月から地球を見た写真[地球の出]を見て、一つの教室の一つのプロジェクターによって映し出された一枚の写真でしかないのに、大きく心を動かされた。地球の特異な美しさと広い無が続いた空間に取り残されている孤立感を感じた。広い空間であることには違いないのではあろうが、解放感と閉塞感を同時に感じた。不思議な感覚だった。宇宙のことを考えると意識が浮き上がり一瞬離れるように感じる。あまりに壮大なそれを目の前にすると、何故かやるせない気持ちになる。面白いことにわくわくもする。(2年 I)

生命も宇宙も人間も遠くから広い目で見れば同じ仕組みだと私は思う。≪誕生→増大(進化)→変異→終末≫ 命も宇宙も人間もまだ終末をむかえていないが、大まかな流れは同じことではないだろうか。これはただの想像であって、全く裏づけも根拠も無いが、もしかするとこの3つ[生命史、宇宙史、人間史]をそれぞれ100h表記で[100時間に圧縮し]今まで起きたことを並べたら同じ比率で動きが起きているのでは?この3分野だけでなく、全てのことに対してこの比率は当てはまるのでは?なんて考えてみたりしてます。(2年 S)

手書きの時系列 手書きの時系列

ビッグバンという大きな一つから始まり、細分化されていくことで複雑さを増していった物質や生命だが、ここ500年、地球上の文化や社会がつながり、互いに影響を持ち始め、地球上の問題という、ローカルな視点では解決されない問題が現れた今、BH[ビッグヒストリー]という壮大な人類史が必要だということにすごく納得ができた。(2年 ?)

ビッグヒストリーを知ることは、自分たちを知ることだと思った。ビッグヒストリーを知らないということは、自分たちが何があって今に至ったのかを知らないということだ。何も知らないで生きていくことはこわいことだと思う。…地球に最も近い月のことですらあまり知らない。直近のニュースだとゾゾタウンの前澤さんが月周回ツアーに参加するということがあった。もう月が手のとどく位置にきているという事実がある。遠いものだと思っていた宇宙が近くなっているというのは新しい開発であると思ったし、これもきっとビッグヒストリーがあって未来がビッグヒストリーとして繋がるものになると思っている。ビッグヒストリーはある意味自由な学問であると思っているので楽しみである。(2年 M)

私は元々素粒子物理に興味があり、個人的に色々と調べていた。しかし、ビッグヒストリーのような幅広い専門横断的観点という点で捉えたことがなかった。今までは、学問とは専門家が突き詰めるものであるという認識であったが、リベラルアーツを学群として学んでいると、「この学問について、こっちの専攻で学んだことを使えば」と感じることがあり、まさにその感覚が一つの形になったものに感じた。「科学者は全てを説明したいだけだ」と文系のある人が言っていたが、ゴーギャンの絵のタイトル[《我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか》]などからも分かるように、そこに文系・理系の垣根を持ち込まずに教えることで、違う捉え方が生まれるのではと思った。(3年 S)

2018.09.25 
第2回 ビッグバン 宇宙の始まり

私は中学生の頃、きれいな挿絵が使ってある元素周期表をながめるのが大好きだった。美しい宝石、鉱物が並ぶ中で私が最も美しいと思っていたのが「C」炭素だった。挿絵がダイヤモンドであった事も影響していたのだろうが、何より魅力的だったのは全ての生物が炭素から構成されているという点であった。つまり炭素は全ての生物の中にあって、例えば私の中にもペットで飼っていたハムスターの中にもとなりに座っている同級生の中にも存在しているのだと思うと、なぜかわくわくした事を覚えている。「人間は、星と同じ材料でつくられているのである。」今日の授業のこの言葉ではっとした。確かにそうだ。中学生の頃の私は「全ての生物の中に存在する物質」に感動したが、地球にも、その他の数ある星の中にも炭素は存在するわけで、それはつまり、私たちと星の中には同じものがあるのだ。ものすごくわくわくした。中学生の頃の気持ちと感動が再現されたようだった。(1年 A)

私は心理学を専攻しているので、リベラルアーツ的に考える時は、心理学の知識につながってしまう。「最初の星を作るのに必要なもの」にあげられた「宇宙のゆらぎ」と「暗黒物質」に近いものを心理学からあげると、「心拍のゆらぎ」と「心」だと考えられる。「心拍のゆらぎ」は、その名の通り、心拍のリズムが一定でないということだ。このリズムを解析することで、精神状態などがわかるというものだが、心拍のリズムが一定になると数日程で亡くなるという事実がある。このような点も「ズレが必要」という類似点だと感じた。「暗黒物質」を「心」としたのは、「目には見えないが力を及ぼす」という点に共通点を感じたからだ。(3年 S)

自分は物理学概論でラプラスの悪魔という考え方を知った。これは、全ての分子の動きを知ることができれば未来が分かるというもので、未来はすでに確定しているという考え方である。現に天気予報はかなり精度が高くなっている。これは、今までのかなりの数のデータがあるために予測できている。しかし、完璧ではない。物理学にはまだ矛盾が存在し、さらに全ての分子が何であるか分かっていないからである。アニメの「サイコパス」でも、多くの人間の脳を集め、犯罪係数を測っていたが、完璧ではなかった。つまり、今の人類がどれほど過去を知ろうとも、未来は分からないのである。これは素晴らしいことであると思う。未来がわからないということは、希望を持つことができるからである。ビッグヒストリーを学ぶことで人類や地球、宇宙の未来をより具体的に希望を持って予測できるようになるものだと思う。(2年 K)

LA[リベラルアーツ学群]では広い分野で様々なことを学べます。文学的なものから力学的なものまで、文理を問わず学べます。それらの多種多様な知識を扱う上で、ビッグヒストリーは思考の作業場を照らすランプになると思いました。何故なら、ビッグヒストリーに接触することで、コズミック・ビューを手に入れ、全ての事象に対して、宇宙的視点から考察することが可能となります。今はまだホモ・サピエンスの思考で様々な知識の処理作業を行っていますが、コズミックな思考で処理作業をすれば、暗闇に隠れていた知識の処理が可能になると、強く思います。人間の未来を見る思考は、宇宙と案外似ていると感じました。何故なら、宇宙は遠くを見れば見るほど過去が見える。人間も、自身の遠く=未来を考える時、過去の経験を見て先のことを考えます。何か違うように思えて、本質は案外似ているのだなと思いました。人間を超越したコズミック・ビューへと導いてくれるビッグヒストリーは、私の心をイグニッションしました。(2年 I)

2018.10.02 
第3回 太陽系と地球の形成

生命体のこととなると、地球は奇跡的に条件が整っていると多々言われる。しかし、それは私たちが基準であって、例外を考えていないように思える。私たちには、H2OとC、水と炭素が肉体の構成や生命活動の維持に必要不可欠である。しかし、この広い宇宙の中には、そんな私たちの常識の通じない生命体もあるのではないかと思う。私たちを作る炭素の代わりを原子の「金」が、水の代わりを「アンモニア」が果たしている。そんな生命体もありそうだなと高校の時からたまに思う。(2年 A)

ハビタブルプラネットを地球以外で探そうという動きがみられるそうですが、見つかったときの移住計画を聞いていると、ここまで住み慣れた星を捨てるのかという問題について考えているのでしょうか。福島の原発の影響で故郷に戻れない人々は現実にいるのです。人工物以外、草木が成長し、変わり果てた故郷を見て、人工物だけが変わらずあることを目の当たりにしたら、私は何かとてつもなく空虚な気持ちになるのだろうと思っています。故郷を手放すのは考えたくありません。そこで過ごした日々が離れたと同時に時間と共に消えていく、どうしようもないことだけれども、私は手放したくないと考えています。(4年 S)

2018.10.09 
第4回 生命の出現

生物や生命の定義には「遺伝子」が必要不可欠だと思う。現在私たちが考える生物、生命の核心的なものは遺伝子の存在ではないだろうか。少なくとも見るからに生物だと判断できるほどの生物は必ずと言っていいほど遺伝子を持っている。そこで、今回AIが生命の定義に入ることがあるかもしれないという話が出ていたが、私的にはそれはありえないと考える。私たち人間の知識知能を投入して出来た存在、つまり人間のコピーであって、作り出す生みの親はAIではなく人間だからである。AIは道具であり生命体ではないと私は考えている。(1年 N)

生命の起源がわかってしまえば、人工的に子供が作れたりもするようになってしまうということですよね。これは私の考えですが、生命の起源は、解明されない方がいいのではないかと思っています。理由は、もし分かって、大量に人間が作られたり、動物などのペットが作られたりすれば、人類は今以上に命を軽んじたものに考えそうだからです。可愛いからといって簡単に買う。難しくなってという理由で捨てる。もしかしたら私たちは知ってはいけないものを知ろうとしていうのかもしれないですね。でもそれを何か医療目的だとかに利用できれば、それはそれで良いのかもしれません。(4年 Y)

聖書には、天地創造がまるで一瞬の出来事のように書かれている。しかし人間、生物、そして惑星までも一定の成長期間が設けられ、最初から完成しているものは何1つない。神学を学んでいる身としては、なぜ神は全知全能で何でもお出来になるにも関わらず、最初から完成品を創らずに、このようなプロセスを経るようにされたか疑問に思った。(3年 F)

生命が生まれる構造が分かれば神は否定できる、というのは確かだと思う。人が神の被造物だというのは、生命のブラックボックスを神に託しているに過ぎないと言える。古代ギリシャの演劇手法の一つに「デウス・エクス・マキナ」というのがある。劇のシナリオが人の手に負えない展開になると、神が登場していい感じの流れを作ってくれるというものだ。今読んでも色あせないギリシャ悲劇だが、こと神頼みに限っては、今も昔もやっていることは変わらない。だからこそ、シナリオの価値が変わらないとも言える。しかし、神が否定された時代が来たら、このような価値、見方が変化する時が来るのではないだろうか。神という存在はロマンにあふれていて私は好きなのだが、理系学問が神を殺す瞬間がくるのなら、それはそれで見てみたい。(2年 Y)

『シドニアの騎士』というアニメで、岩盤と一体化した宇宙船ですむ人類の生き残りが、食べ物を必要としないで光合成によってエネルギーを作っているという設定になっていた。もし、宇宙という何もない場所で人が生活しなければならなくなった時、人類が光合成で体内でエネルギーを作り出すような進化があると思いますか?(1年 I)

2018.10.16 
第5回 生命進化の歴史(1)

2018.10.23 
第6回 特別講義(1)

2018.10.30 
第7回 生命進化の歴史(2)

2018.11.06 
第8回 人類の出現

2018.11.13 
第9回 農業の起源

2018.11.20 
第10回 特別講義(2)

2018.11.27 
第11回 近代化

2018.12.04 
第12回 アントロポセンの時代

2018.12.11 
第13回 地球外生命

2018.12.18 
第14回 特別講義(3)

2019.01.15 
第15回 まとめ

2017